歴史に翻弄された平和公園・その1 ~ ザ・宮崎県

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歴史に翻弄された平和公園・その1


宮崎市には、北西部に県立公園の平和公園と呼ぶ公園があります。
みなさんも宮崎に訪問された時に、一度はご覧いただいたことがあるでしょうか。
標高がなんと、60mもの高台に公園があるため、市街地や日向灘の素晴らしい景色が広がっています。
この公園のシンボルといえば、平和の塔ですが、高さは37mもの塔です。
公園に中には、はにわ園をはじめ、アスレチック広場や芝生広場、草スキー等があり、色々とお楽しみが沢山ある公園になっています。
水路や池、遊歩道、展望台と遊びの他にものんびり散歩が楽しめることでもおすすめの公園です。

さて、シンボルの塔は、昭和15年に建てられましたが、こちらの設計は日本の彫刻界の第一人者でもある、日名子実三さんによるもので、日名子実三氏は、サッカー協会シンボルのJFAのシンボルマークである、やたがらすを製作された方としても知る人が多いはずですね。

日名子実三氏は、塔の製作にあたり昭和13年頃から、2ヶ月もかけ宮崎の町を見てまわったと言われています。
高千穂、美々津、西都原と色々見てまわり、最終的には作業員6万人以上と当時の総工費60万以上も費やしたといわれています。

塔の正面には、八紘一宇と書かれていますが、書かれた文字の意味は、人類は兄弟である、人間は家族という言葉が記されていますが、戦前は日本軍部によって、戦争遂行のスローガンとされたということです。
つまり本来の意味とは別に、日本を中心に、人類を統合することという意味に使用されたということです。


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