宮崎県庁を観光名所にした東国原知事の誕生・その1 ~ ザ・宮崎県

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宮崎県庁を観光名所にした東国原知事の誕生・その1


宮崎県庁は、そもそも観光スポットという言葉とは程遠いものでした。
宮崎県庁というより、宮崎県自体、あまり有名な場所という印象はなかったですよね。
それが宮崎県庁は、今では宮崎の顔ともいうべき観光スポットです。
また、そこまで宮崎を変えてくれたのが東国原知事の誕生のおかげ。

そんなわけで、今回はこうして知事へと就任し誕生に至った経緯をご自身の書かれた日記の中から紹介したいと思います。
日記はそのまんま日記というものですが、もうご覧いただいたでしょうか?

日記から…「宮崎県庁の土木部長らが県発注に関わる談合会議で逮捕されたらしい‥」
この事件をきっかけに東国原知事は、安藤県知事の逮捕は秒読みである、もしこの情報が本当なら宮崎はひっくり返ってしまうと、また選挙も前倒し選挙となる、その前に準備したいことが山ほどある。
そう考えたといいます。
また現在の日本においても都市部と地方の差がありすぎている、そして都市部に何もかもが集中し、地方は切り捨て状態だ。
最終的に東国原知事は、その当時、地方にも反乱が必要だと確信しました。
そして、2007年に宮崎県知事として出馬を決めたと。

「最終的に出馬を決意し11月24日選挙戦が始まり、この時点で既に宮崎県政が倒れるだろうという確証は得られないが、選挙に対し素人の私は今から準備しておくべきと、またそうしておかないと間に合わないと考えていた。」

こうして、東国原知事の戦いが始まりました。


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