文化を持つ・幸島の猿達(2) ~ ザ・宮崎県

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文化を持つ・幸島の猿達(2)


研究者達の観察や研究によって餌付けに成功したとき、20頭ほどの猿がいました。
研究者達はそれぞれに猿達に名前をつけたといいます。
ヒヨシマル・ウツボ・カミナリといった名前をそれぞれにつけたそうです。

当初は、この猿達1頭1頭に個性があることは分からずにいましたが、ましてや社会的な役割もあるなど到底わからないでいたそうです。
しかし、日々研究を続けることで、この猿は何をして、この猿はあの猿と敵対関係ということもわかってきたといいます。

そしてこうした研究の結果、猿達にも社会があり、掟がある、またその掟を破るものもいる。
ということが、判明していきました。
そんなある日、ある調査員が、猿に芋をあずけたところ、猿は海水で芋を洗い始めた。
または、味付けをしているような行動をし始めたのですが、これが有名になった芋洗い行動です。

この幸島の、いわゆる文化猿が始めて出現となったのは、1953年のことですが、この行動が多くの人に広がり、同世代又は子供、孫というかたちで広がったと言われています。
そして、研究結果の末、文化というものは、人間だけにあるのではなく猿にも、動物の世界にもあるということが判明されたのでした。

いわゆる、昔は動物に名前をつけて研究するという方法がなかったのですが、この研究チームの固体識別法により、名前をつけ1頭1頭観察していった成果が動物の世界にも文化が存在することを世に知らせたということです。


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