宮崎県庁を観光名所にした東国原知事の誕生・その2 ~ ザ・宮崎県

main_top_over_navi
main_top

宮崎県庁を観光名所にした東国原知事の誕生・その2


今回も、宮崎県知事である東国原知事の日記より、本人の言葉をもとに、日記に綴る東国原知事の思いを紹介したいと思います。

「まず僕自身が作り上げたマニフェストを提示し、みんなで一つひとつ検証していく。」

マニフェスト自体が自身の提示した期間中に達成できるか否かが問題であり、自分の任期までに達成を最大にしたいと。
そして次のように日記に綴っています。
ハードルが低くても意味がないし、また高すぎても達成できない。
そうすれば達成できる最大値が推測できる。
マニフェスト作りにはこの達成の最大値の予測が難しく、最も重要だと。
東国原知事が誕生するまでに色々な難問があったようです。

続いては、自身の師匠でもある北野武さんとのやりとりが綴られています。
「師匠には、合間を縫って、宮崎県知事に出馬させていただこうかと思います」こう伝えたと書かれています。

また北野さんは、直接の応援はできないが、陰ながら応援するといってくれたこと、また励まし言葉もくれたことが綴られ、武さんらしい一言も付け加えられたとも。
「できれば当選して、問題を起こして不信任議決くらってかえって来い。」
この師匠のことばで、身が引き締まる思いになったとも綴られていました。

そして、東国原知事は宮崎へと戻り、住民票を移すこととなり、3日安藤知事の辞職が表明され知事選が始まることとなる。
この様子を日記から‥
「逮捕されても、知事職を辞任しなければ選挙とはならない。僕らにとって安藤知事がいつ辞任するかが重要だった。これにて、いよいよ選挙戦突入である。」

こうして、東国原知事の誕生へ。


side_top

Valid XHTML 1.0 Transitional

↑このページの先頭に戻る

Copyright © 2010 ザ・宮崎県 All Rights Reserved.
Powered by "愛情テンプレート"  - トイプードル & ゴルフスイング & Thanks -