宮崎県観光の父・岩切章太郎とは。 ~ ザ・宮崎県

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宮崎県観光の父・岩切章太郎とは。


昭和30年代、西暦955年頃、宮崎県は、新婚旅行によく利用されるほどの県でした。
また、これには、宮崎観光の父とも呼ばれる、岩切章太郎さんが、宮崎の持つ南海岸に着目し全国へ広げたおかげです。
青く輝く海、180度の大パノラマが広がる景色は素晴らしく観光客も大勢訪れるほどとなりました。

岩切章太郎氏(故)は宮崎交通社長ですが、自身の私財を投げ打ってでも宮崎のために活動されていました。
木も1本、1本植林し、整備が不十分の道路も整備して、日南海岸により多くの観光客がくるように活動されていました。
まさにブラッシュアップともいうほど全力で宮崎のために動かれていた方です。

また、道路整備や宣伝だけでなく宮崎市青島にもこどもの国をも開園させ、大人も子供も楽しんでいただきたいと、コンセプトには大人も子供のように遊べる園として、入場料は大人、子供どちらも同じ入園料で楽しめることから家族客には大盛況でした。

そして、ノーベル賞を受賞された、川端康成さんもこの地の訪れ、大淀川、橘公園、そこにある景色を絶賛し、その美しい景色を背景に小説、「たまゆら」を書き下ろしたそうです。
もちろん、川端康成の絶賛した、この風景にある橘公園は、岩切章太郎さんが整備したものです。
そこには、岩切さんの思いとして、大地に絵を描くというコンセプトが秘められていたのです。
もちろんこの、岩切さんの功績は現在でも受け継がれ「岩切イズムと」なっています。


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